ワクチン開発前、七つまでは神のうち

今ではあまり聞かなくなりましたが、日本には「七つまでは神のうち」という言葉がありました。この言葉がいつから使われるようになったかはわかりませんが、近代以前は感染症や事故で乳幼児が命を落とすことが大変多かったことから、こどもは7歳までは神さまの預かりもので、7歳まで育て上げた後に初めて自分の子どもと考えよ、という意味のようです。

当時、子どもが命を落とす感染症として恐れられていたのが天然痘(疱瘡)と麻しん(はしか)です。予防法・治療法がない時代、庶民ができるのはお札を貼るくらいでした。左の図は昔話に登場する英雄の桃太郎と犬が描かれ「疱瘡は日本一のきびだんご お礼参りのお供もうさん」とあります。犬は「去ぬ(いぬ)」ということで、疱瘡が去ぬ(立ち去る)ことを語呂合わせに期待したもののようです。右の図は炊いたご飯をお櫃(ひつ)へ移し、まだ温かい釜を患者へ三度かぶせると軽くなるというまじないです。いずれも、気休めに過ぎず、全く効果がなかったのは言うまでもありません。

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左絵「桃太郎」
右図「はじかのまじなひ」

出展:内藤記念くすり博物館所蔵

初めてのワクチン エドワード ジェンナーが開発した痘瘡

    天然痘の死亡率は諸説ありますが、18世紀の日本のデータで30%という報告があります。庶民に恐れられていたこの病気は、死ぬか、直って失明するか、あばたを残すか、そして運の良い場合のみ死も後遺症も免れたというものでした。また、天然痘は一度かかると二度とかかることはないことが古くから知られていました。そのため、人為的に軽く病気にさせる試みが古くから行なわれており、その中には患者のかさぶたを鼻に詰めたり、感染者の下着を着せるという危険なことも行なわれていました(これにより命を落とした方も多かったようです)。

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    天然痘罹患患者の写真
    出展:CDC

    エドワードジェンナーは、乳搾りの女性が牛痘(ウシの天然痘)にかかると、天然痘に罹らなくて済むというイングランド地方の経験を参考にして、牛痘にかかった乳搾りの女性の手のウミをフィリップという少年の腕に植え付け、その後天然痘患者から採った病原体を感染させたところ、発病させずに済みました。ジェンナーはこの例をはじめ23の症例をまとめた論文を出版し、1802年には国も牛痘接種法の効果を認め、その後この技術は世界に広まりました。日本では1849年に接種が始まり、1956年には日本での感染者がゼロとなり、1980年には全世界での天然痘根絶が宣言されました。

    参考:加藤茂孝「天然痘の根絶-人類初の勝利」-ラムセス5 世からアリ・マオ・マーランまで、モダンメディア55 巻11 号2009[人類と感染症との闘い] 283-293

    ジェームズ・フィップスに種痘するジェンナー
    1912年 E.Board画

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ワクチン開発・製造技術の歴史

    エドワードジェンナーの種痘開発後、ワクチン開発・製造の鍵となる技術が開発されました。これらは今では当たり前の技術ですが、ガスや電気、インターネットのない時代に細菌培養法、病原体の弱毒化、病原体の不活化血清療法(北里柴三郎、1890年)といった技術が開発され、感染症に対する防御技術の基盤が構築されました。そしてワクチンの製造技術は20世紀に入り組織培養法の開発で一気に加速し、1980年代には遺伝子組み換え体ワクチンの開発に至りました。

    1876年 Rコッホ 細菌培養法(炭疽菌)
    1885年 Lパスツール 病原体の弱毒化(狂犬病ウイルス)
    1886年 Eサモン&Tスミス 病原体の不活化(ブタコレラウイルス)
    1890年 北里柴三郎&Eベーリング 血清療法(破傷風菌)
    1921年 Aグルーニー 毒素の無毒化(破傷風菌)
    1935年 Mタイラー ウイルスの継代(黄熱ウイルス)
    1949年 Jエンダース 組織培養法
    1953年 Jソーク 組織培養法によるウイルスワクチン製造
    1983年 DPT(ジフテリア、百日せき、破傷風)+ポリオ 遺伝子組み換えワクチン製造(B型肝炎)
    2000年 MR(はしか、風しん) VLPワクチンの開発(HPV)

    現在、世界では28の疾患に対するワクチンが開発・製造されており、このうち日本では、流行がない等の理由により開発・販売されていないものを除き、20種類の疾患に対するワクチンの使用が可能となっています。

    パスツールのフラスコ(Pasteur Institute)

    肉汁を入れたフラスコの首を白鳥の首状に長く延ばし、煮沸すると、冷えた後も肉汁は腐敗しません。これは空気中の病原体が白鳥の首で捕らえられ肉汁まで達しないためです。パスツールは微生物侵入を防ぐための無菌操作法の基礎を樹立しました。

    ①まず肉汁を殺菌します ②肉汁は濁りません ③それを傾けて曲がり角の粒子に肉汁を触れさせます。 ④肉汁は濁ります。

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ワクチンの作用メカニズム(1)-感染予防効果-

生体には病原体に対するメカニズムとして「免疫」という機能が備わっています。これは人体にとって外部からの侵略者である微生物を排除するための生まれつきのメカニズムで、抗体や異物を排除するためのリンパ系の細胞が主役となるものです。しかし、ヒトが麻しんにかかると、充分に免疫を作る時間がないことから麻しんウイルスが体内で増殖し、色々な障害を引き起こすわけです。ところが、最初の感染で麻しんウイルスに対する免疫が成立することから、二回目はかからなくなるわけです。
ワクチンは、こうした自然感染と同じしくみで体内に免疫を作り出すもので、擬似感染を引き起こすものです。ただし病原体そのものをワクチンとして用いるのではなく、毒性を弱めたり、体内で増殖しない形に変化させたものを用います。

ワクチンはこのように軽い免疫反応を引き起こすので、病原体より程度は弱く頻度も低いものの、好ましくない反応を引き起こすことがあります(注射部位のはれ、発熱等)。これを副反応と呼び、全てのワクチンにこのリスクがあります。

自然感染の場合
ワクチンの場合

ワクチンの作用メカニズム(2)-副反応-

ワクチンは病原体の感染症を真似しているため、免疫を誘導するのと同時に好ましくない反応も引き起こすことがあります。副反応は3種類に分けられます。

  1. 1.局所反応

    ワクチンを注射した部位に起きる反応で、赤くはれたり、痛みが残ったりするものです。発生する頻度はワクチンにより異なりますが、生ワクチン(後述)で10%前後、不活化ワクチン(後述)では20~90%程度です。起きても一週間以内に軽快する例がほとんどです。

  2. 2.全身反応

    発熱や下痢等の全身性の反応です。発熱は生ワクチンで10~20%程度に見られ、不活化ワクチンはそれより低い頻度となります。起きても一週間以内に軽快する例がほとんどです。

  3. 3.それ以外のまれな副反応

    上に述べた副反応以外に、ワクチン接種により頻度は低いもののアナフィラキシーが起きることがあります(○万回接種に1回程度)。ワクチンはアナフィラキシー等を起こさないように、製造の過程で不純物を極力取り除きますが、検出限度以下でもアナフィラキシーを引き起こすことがあるため、技術的にゼロとするのは困難です。国の予防接種実施規則では、接種医療機関はアナフィラキシーに備えて薬剤を用意したり、接種後30分間は医療機関内に留めるよう指示を出しています。
    また、10~100万回に一度という頻度で脳炎や免疫系の副反応が報告されることがあります。これらの副反応は発生頻度が低いため、ワクチン接種との因果関係が明確になっていないものがほとんどです。

ワクチンの種類

ワクチンは次の3種類に分けられます。

  1. 1.生ワクチン

    生きたウイルスや細菌の病原性(毒性)を、症状が出ないように極力抑えて、免疫が作れるぎりぎりまで弱めたものです。自然感染と同じ流れで免疫ができるので、不活化ワクチンより少ない接種回数でも充分な免疫を作ることができます。

    該当するワクチン
    麻しん(はしか)ワクチン、風しんワクチン、おたふくかぜワクチン、水痘(みずぼうそう)ワクチン、ロタウイルス感染症ワクチン、BCG、黄熱病ワクチンなど
  2. 2.不活化ワクチン

    不活化ワクチンは、ウイルスや細菌の病原性(毒性)を完全になくして、免疫を作るのに必要な成分だけを製剤にしたものです。接種しても、その病気になることはありませんが、1回の接種 では免疫が充分にはできません。ワクチンによって決められた回数の接種が必要です。

    該当するワクチン
    ヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、百日せきワクチン、ポリオワクチン、日本脳炎ワクチン、インフルエンザワクチン、A型肝炎ワクチン、B型肝炎ワクチン、狂犬病ワクチン、髄膜炎菌ワクチンなど
  3. 3.トキソイド

    感染症によっては細菌の出す毒素が、免疫を作るのに重要なものもあります。この毒素の毒性をなくし、免疫を作る働きだけにしたものがトキソイドです。不活化ワクチンとほとんど同じです。

    該当するワクチン
    ジフテリアトキソイド、破傷風トキソイドなど

ワクチンの品質と安全性、過去の不幸な事故と、そこからの教訓

ワクチンが広く使用されるようになると、副反応のあることが問題となってきました。日本で最初に問題となったのは天然痘の予防に大きな貢献のあった天然痘ワクチン(種痘)で、10~50 万回接種あたり1人の割合で脳炎が発生し、しかもその致死率は40%と高いものでした。この副反応により、ワクチンの副反応が不可避であり、副反応発症者への救済制度が樹立されるきっかけとなりました。なお、本ワクチンはWHOの天然痘撲滅宣言を受け、1980年以降、接種は行なわれていません。次に問題となったのはジフテリアトキソイドで、不適切な製造管理及び品質管理のため、無毒化されていない製品が世の中に出て、600人ほどに障害を起こし65人が命を落としました。この事件によりワクチンの品質管理の重要性が認識され、全てのワクチンについて国による品質確認(国家検定)を行なうこととなりました。

1980年後半にはMMRワクチンの接種が始まりましたが、臨床試験で確認できなかった副反応(無菌性髄膜炎)が高率で起き、さらに製造所の薬事法違反によりワクチン及びメーカーが信頼を失った等の理由により、1993年に接種が中止されました。この事件は開発時に充分安全性を確認する必要のあること、及び製造所の定期的な査察の必要性を認識させました。

これら以外にもいくつもの事件・事故が報告されています。ワクチンは恐ろしい感染症から身を守るという表の面を持つ一方、副反応という裏の面も持ち、副反応は品質管理や注意喚起で頻度は少なくすることができても、ゼロにすることはできません。

IDWR: 感染症の話 天然痘別ウィンドウで開きます

もしワクチンがなかったら

    下の表は米国におけるワクチン導入前後の感染症数と、ワクチンの副反応報告数をまとめたもので、米国の公的機関であるCDC(疾患予防管理センター)が2007年に作成しました。

    疾患 ワクチン導入前の感染者数 2006年の感染者数
    ジフテリア 175,885 0
    麻疹 503,282 55
    流行性耳下腺炎 152,209 6,584
    百日咳 147,271 15,632
    ポリオ 16,316 0
    風疹 47,745 11
    先天性風疹症候群 823 1
    破傷風 1,314 41
    Hib等 >20,000 208
    合計 1,064,854 22,532
    報告された有害事象 - 15,484

    ※有害事象数1件=副反応被害者1名と仮定した。

    この表にある9つの病気、これらはいずれもかかることで大きな被害を蒙るものですが、ワクチン導入によって106万人が疾患から逃れたことがわかります。一方でワクチン導入により1万5000人が副反応の被害を受けています。別の読み方をすると、もしワクチンがなかったら感染症による被害は106万人に生じるが、ワクチンによる被害を受ける人は0人である、それがワクチン導入により感染症による被害は2万3000人に減るが、ワクチンによる被害が15,000人に生じることになります。つまり、15,000人の副反応被害者の犠牲の下に、約100万人を感染症から守ることになるわけです。

    ワクチンが普及し、麻しんやポリオ等をわずらった人が周囲にいなくなると、ワクチン不要論が必ず議論されます。これは病気を予防することのありがたさは実感しにくいのに対し、ワクチンの副反応はとてもわかりやすいからです。ワクチンを接種し重い副反応をわずらったことは社会的にニュースになりやすく、しかもそのような副反応は毎年必ず発生するため、お母さん方は予防接種に対して懐疑的にあるのは日本だけではありません。
    では、現代においてもしワクチンがなかったらどうなっているのでしょうか?

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ワクチンが備えるべき安全性

予防接種後に起きる副反応の原因となる物質・行為は以下の4つがあります。

  1. 1.ワクチンの有効成分に対する生体の反応
  2. 2.ワクチンの不純物に対する生体の反応
  3. 3.予防接種に対する心因性の反応

この3つの境界は必ずしも明確でなく、起きてしまった副反応の原因がどれかを突き止めるのも不可能に近いのが現状です。このうち、2の不純物に起因する副反応については、ワクチンの製造技術・品質管理技術の開発により少なくすることが可能です。ワクチンの品質向上は日進月歩であり、現在のワクチンは30年前とは大きく異なりますが、現在でも決して充分ではなく、さらなる品質向上に向けてメーカーは努力する必要があります。3の心因性の反応については、乳児では問題になることがないため、今までは大きな問題とはされていませんでした。現在、予防・治療法が研究されています。

1のワクチンの有効成分に起因する副反応については、局所反応や発熱等の全身反応については、ワクチンを受ける方が耐えられるレベルにあるように思います。一方で、ごく稀に起きる重い副反応(脳炎、自己免疫疾患、後遺症を伴う疾患)については、絶対に起きてほしくないものですが、予防接種が擬似感染を引き起こす以上、ゼロとすることはできません。その受入れ可能な限度時代によって異なりますが、現在では100万人に接種して数例が限界であるように思います。

FAQ

ワクチンには毒性の強いアジュバントが含まれているから、
打たない方が良いと言われましたが、本当ですか?

 

不活化ワクチンの一部には、免疫応答を上げるために水酸化アルミニウム又はリン酸アルミニウムが添加されています。これらのアルミニウム化合物は日本で30年以上の使用実績を持ち、現在まで安全性上の懸念は示されていません。なお、アルミニウムは地球上(大気の除く)で3番目に多く存在する元素で、毎日何らかの形で摂取されています。アルミニウム製の飯盒や水筒が作られたのは明治30年であり、人類は100年近くもアルミニウム製品と接して生活しています。

ワクチンを接種するより自然に感染した方が良い抗体ができるので、ワクチンを受けるのをやめようと思うのですが

 

ワクチンは、重症化して入院治療が必要となる感染症や、死亡や永続的な後遺症を招く感染症に対して開発されました。自然感染させればワクチンより高濃度の抗体が作られるのは間違っていませんが、自然感染時に健康を大きく害する可能性があり、自然感染をもって感染予防とすることは医学的に正しい考え方ではありません。
ただし、自然に感染症に罹患して被害にあうことは問題としないが、人為的な医療行為で被害に会うのは受け入れがたい等、予防接種に強い抵抗をお持ちの方であれば、接種しないことを選択することはもちろん可能です。

一度にたくさんのワクチンを接種するのは心配です。

 

同じ時間帯に複数のワクチンを接種することを同時接種と呼びます。人体の免疫機能は、一度に10万個の抗原に対応する能力があると考えられています。また、現在、日本で承認されているワクチンについては、同時接種による安全性面でのデメリットは特に報告されていません。

同時接種について

海外では複数のワクチンを混合した製品が使用できるようですが、日本ではなぜ使えないのですか?

 

混合ワクチンは単にワクチンを混ぜ合わせるだけでなく、混合化により個々のワクチンの感染予防効果が落ちないように組成を工夫する必要があります。混合ワクチンの開発・製造に高い技術力が必要となり、日本のメーカーはそれらの研究・開発が遅れました。

日本で受けられるワクチンって海外に比べて少ないの?

世界で使用されているワクチンと、日本で使用できるワクチンに差はありますか?

 

かつては差がありましたが、現在は欧米先進国で使用されているワクチンは、旅行者用ワクチンを除いて全て使用できると考えてください。ちなみに、WHOが勧奨しているワクチンは次の通りです。

BCG、B型肝炎、ポリオ、DPT、Hib、肺炎球菌(結合体)、ロタウィルス、麻疹、風疹、HPV(子宮頸がん) 全ての予防接種プログラムへの組入れを推奨
日本脳炎 流行地域居住者
黄熱 流行地域への渡航者
髄膜炎菌 ハイリスク群
A型肝炎 ハイリスク群等
おたふくかぜ、みずぼうそう(水痘) 80%以上の接種率が維持できるのであれば
季節性インフルエンザ リスクに応じて接種

ワクチンの副反応がこわいので受けさせたくないのですが、
何かデメリットはありますか?

 

ワクチンを受けないデメリットは、ご本人には感染を予防できないこと以外に特にありません。ただし、留学時、海外の学校への入学資格として予防接種歴の提出を求められることがあります。これは、ワクチン接種を受けてない人が、感染して病原体を撒き散らす加害者となりうる、という考え方によるものです。

ワクチンの副作用(副反応)が心配…

ワクチン接種にメリットはあるのですか?

インフルエンザワクチンを打っても感染したという話しを良く聞きます。
本当に予防効果があるのでしょうか?

 

高齢者では死亡数の減少(有効率80%)が認められていますが、発熱を指標としたときの有効率は34-55%であり、感染予防効果は他のワクチンに比べて見劣りがします。より有効性を高めるための改良が必要であり、複数の企業で検討が進んでいます。

予防接種と副反応の因果関係はどのように判定されるのでしょうか?

 

定期接種で起きた副反応に対しては、国の委員会である疾患・障害認定委員会が因果関係の有無を判定します。判定の際の詳しい情報は公開されませんが、結果は公開されます。
予防接種と接種後に起きた事象の因果関係は、ほとんどのケースで原因の特定が困難なため、総合的に評価することになります。
ワクチンの副反応をめぐるいくつかの訴訟において、因果関係を判定するための基準として白木4原則が引用されています。

  1. ワクチン接種と接種後の事故(疾病)が時間的、空間的に密接していること
  2. 疾病について、ワクチン接種以外の病因が考えられないこと
  3. 接種後の事故と後遺症が原則として質量的に強烈であること
  4. 事故発生のメカニズムが、実験、病理、臨床などの観点からみて、科学的、学問的に実証性や妥当性があること

この原則を用いた評価・判定も、一つの選択肢といえます